ホームページを開く意味(安永家のホームページの場合)

 世の中には、多くの様々なホームページがあります。それぞれ、ホームページ作成者の感性と意図があります。ここでは、うちのホームページの意図についてまとめておきたいと思います。

 もともと、私がホームページに出会ったのは、今から7年前のことです。その時所属していた大学の研究室で、自分の知識をまとめるための道具と他の研究室の人達との情報の共有の為に始めました。今の言葉でいえばイントラネットといったところでしょうか。もともとHTML(ホームページを記述している言語)を開発した人達の間でも、イントラネットとして使われていました。今や全世界のイントラネットがインターネットになってしまったという感じです。わりに早いうちからホームページ制作を始めた私は、ここまで世の中で使われるようになるとは思っていませんでした。

 インターネットの前身であるアーパネットが、一般に開放された直後から既にネットワークを使うことのできる環境にいることが出来ました。その意味でネットワークとはもう13年近いおつきあいです。そのころは、研究データの転送と簡単な電子メールしか使っていませんでした。ただ、アポロというコンピュータを使っていたお陰で、ネットワークが有機的につながると、どれほど新しい世界が構築されるかを体感することが出来る環境にいたことは幸せでした。ただ、これほど急速にネットワークが普及してしまうとは、想像もしていませんでしたが、産業革命の時代をそのまま最先端で生きることができたという意味で、とても有意義な10年間でした。

 まだ、インターネットの世界で本当の意味で開発されていない技術は、情報の検索技術であろうと考えています。いろいろなポータルサイトがその運営の為に商業化され、多くの情報を提供しています。しかし、逆に少し前に比べて情報の検索効率が落ちているのを感じます。これは、情報量が少ない時には有効であった検索技術が、爆発的な情報量の増大に追いついていないのではないのでしょうか?話は飛びますが、ヒトゲノムなどにより、莫大な遺伝情報が存在するようになりましたが、その情報を有効に使うための技術開発がこれからの急務であろうと思います。情報量の増大はやはり量の増大のみならず、質的転換を要求し、また、情報の相転移をもたらすことになるのでしょう。ヒトの能は生まれてからの多くの情報をなんらかの手法を使って記憶しています。必要な時にその情報を自由に(あるいは不自由に)取り出すことができます。情報は多いことが大切なのではなく、その情報を以下に有効活用することができるかということが大切であると思います。コンピュータは、人間が必要ではあるが鬱陶しいと感じる作業を文句をいわずやってくれる道具です。それを前提としてなにか新しい技術が開発されることを期待しています。

 さて、安永家のホームページはもともとアルバム感覚で始まりました。物理的な距離としては遠く離れてしまったが、情報という意味では出来るだけ迅速に伝えたいということが目的でした。HTML言語(ホームページ記述言語)とお手軽さに既に馴染んでいた私は早速我が家に導入しました。ちょうど、出来るだけ自宅で家族とふれあいたいし、仕事場とのやりとりをするためにも自宅にネットワークを導入したいと考えていた時でした。

 というわけで、愛媛と東京を結ぶことが出来ればよかったのですが。なぜ公開する必要があったのでしょうか?

 一つの考え方は、同じくらいの子供がどのように振る舞うかの一つの症例を示していることになります。我々自身、二人目の子供の成長段階での振る舞いを、一人目の子がこのくらいの時にはどうだったかなとこのホームページを振り返っています。そういった感じで使ってもらえれば有り難いと感じています。その意味では、もう少しホームページに一般的な情報(例えば、生まれて何歳何ヶ月とか)を含めておくのがいいかもしれないと思います。少しずつ、そういった情報も加えていくことにしましょう!一般的な成長過程の情報も含めて置いて。

 といっても、それほどみんなに見てもらうことを期待しているわけでもないのですが。(でも検索技術が上がればうちの情報なんかでも有効に使える場合があるかもしれない。)まあ、そんなわけで末永く続けることが大切だと思いますし、自分の子供へのプレゼントだと思っています。頑張りましょうね、お互いに(ママさんへ)。